FC2ブログ

15周年コラム2:線と線

2017年09月07日 22:15

沢木耕太郎著『深夜特急』は、インドからロンドンまで乗り合いバスで大陸を横断したという紀行小説です。実際はインドに行く前の香港でのストップオーパーから始まっており、現在も根強い人気を誇っている紀行小説と思います。自分も初めてこのシリーズを手に取ってから二十年くらいたっていますが、何度も読み返してしまう稀有な書籍だったりします。

その『深夜特急』の後日談的エッセイとして『旅する力~深夜特急ノート』という書籍が出版されています。
個人的に気に入っている一節がありますので、ちょっと引用してみます。

bl-r907aa.jpg

私がこの旅で得たものは「話のタネ」だけではなかった。
地続きでアジアからヨーロッパに向かったことで、地球の大きさを体感できるようになった。あるいは、こう言い換えても良い。ひとつの街からもうひとつの街まで、どのくらいで行くことができるかという距離感を手に入れることができた、と。行ってきたのは香港からロンドンまでだったが、体の中にできた距離計に訊ねれば、それ以外の地域でも、地図上の一点から他の一点までどのくらいの時間で行けるかわかるようになった。
(沢木耕太郎著『旅する力~深夜特急ノート』の「旅で手に入れたものもあれば、失ったものもある」より)



当サイトがやっていることは沢木耕太郎氏にはとても及びませんが、この点は当方としても大いに共感するところです。何だかんだ言って、当方は九州以外の2桁国道と高速道路は走行できつつある感じであり、これによっておおまかな距離感・時間感覚が体得されております。たとえば、静岡にいた頃は「下関」というと「だいたい半日掛ければ到着できるな」、「新潟」ならば「高速道路ならば7時間、下道ならば9時間で行ける」、札幌ならば「新潟まで行ってそこからフェリーを使うか、国道7号→国道5号と走り継いで…」という感じで、大まかな距離感と時間感覚がすぐにわかります。そして、これらは各都市を実走したうえでの得られたものなので、おそらく飛行機や新幹線を使った場合に比べればより実感をもった数値として自身に残っています。
(それでも自転車や徒歩で全国を巡っている方、長距離の運転を業とされている方にはとてもかなわないと自覚しております。)

この距離感・時間感覚というのは、今でこそカーナビや経路算出サイトなどが存在しますが、そんな現代であっても、「体得できている」というのは自身にとってある意味一つの糧になっているような気がしております。全国の道路を走ることで費やしたものというと、燃料代・高速道路通行料・メシ代・車の修理費、更には膨大な時間…という感じでコストばかりが積み重なってきているんですけど、上記の点だけは「道路を走り回ることで得られたこと」と言って差し支えない数少ない事柄の一つと思っております。


一方で、沢木耕太郎氏の『深夜特急』との違いは「あくまでも線と線でしかない」という点です。
『深夜特急』の場合、特にアジアでは行く先々で現地の人が向こうからやって来て「旅」というものに漬からされてしまいます。更には沢木耕太郎氏自身もまた現地に入っていく人間であり、そこから様々な物語が生まれていきます。ある意味、現地で「面」をなす旅と言えます。対して当サイトの場合は、道路のみをとりあげ、それ以上の深みは生まれません。いわば面ではなく線であるだけです。

線が良いのか、面が良いのかというのは一概に言える話ではありませんが、少なくとも「線は面でない」ということは確実です。おそらく今後も「線」のままで、「面」になることはないだろうとも思います。「あくまでも当サイトは線でしかない」ということを自覚しつつ、今後とも同じようなスタイルでやっていくのだろうと考えています。

スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://roadkawasaki.blog36.fc2.com/tb.php/348-f1f34908
    この記事へのトラックバック


    最新記事