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15周年コラム1:「ふるさと」

2017年09月04日 22:20

サイト開設以来15年、道路に魅せられ、道路を走り続けてきました。
なぜ、かくも道路というものに魅了されたのか、ここまでマニアックなことをやっているのか…と自分でも不思議に思うことが多々あります。
考えたところで思索は毎回曖昧模糊なもので終わるのですが、最近になって思うようになってきたのは作者KAWASAKI自身が「故郷の新潟に向かって線を引きたがる」という傾向です。

高校卒業後に故郷となる新潟を出て、以来大学や就職・転勤で日本各地を回っております。赴任地も色々で、今は札幌在住。しかしながら、今となって振り返ってみれば、どこにあってもまず線を引こうとするのは新潟に向かってでした。
横浜に居たときは国道15号と国道17号、秋田であれば国道7号、静岡であれば国道52号・国道20号・国道19号・国道117号を真っ先に走っているんですね。いずれも、横浜であれば国道15号→国道17号と走れば新潟に着きますし、秋田からであれば国道7号→国道8号、静岡からであれば、国道52号→国道20号→国道19号→国道18号→国道117号と走れば新潟に至ります。ある意味「この道を行けば、故郷に至る」ということを確認して、自分の立ち位置を確認しようとする意思が働いていたのではないか。…今となってはそんな気がしております。




少し脱線させていただきますと、詩歌で謳われる故郷というものは日本人にとって「目的を達するまで帰らないもの」という風潮が強いように思います。
一例として以下の3つを引用してみます。

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて 異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや
(室生犀星「小景異情(その二)」より


こころざしを はたして
いつのひにか かえらん
やまはあおき ふるさと
みずはきよき ふるさと
(高野辰之 作詞 文部省唱歌「ふるさと」(抄))


カントリー・ロード
この道 故郷へつづいても
僕は 行かないさ
行けない カントリー・ロード
カントリー・ロード
明日は いつもの僕さ
帰りたい 帰れない
さよなら カントリー・ロード
(B.Danoff・T.Nivert・J.Denver・鈴木麻実子・宮崎駿 作詞 「カントリー・ロード」(抄))



※室生犀星の詩の場合は故郷に戻っている時期に作詩されたという背景もありますが、詩を素直に読むと一義的には「ふるさとは遠きにありて思うもの」「~帰るところにあるまじや」と言っています。
※文部省唱歌「ふるさと」は「成功するまで帰らない」と言うことになります。
※「カントリーロード」については映画「耳をすませば」で出てくる歌詞ですが、元々の「CountryRoad」における原詞とはだいぶ意味合いが異なるというのが当方なりの解釈です。

これらから考える日本人の「故郷」観は作者KAWASAKI的に以下の通りです。
日本人の心の奥深くには「故郷には戻りたいけれど、易々と戻るべきところではない」という意識が存在している、しかしながら一方で「故郷とは何らかの形でつながっていることを確認したい」という気持ちも併存しているのではないかと…と。

故郷でそのまま暮らす人、故郷から離れる人、人生は様々。
ただ、いずれの人であっても故郷から離れれば離れるほど「道がつながっている」ということ自体が己の立ち位置を確認して安心感を得る重要な要素となるのではないでしょうか。考え方は色々ですが、もし当サイトのレポートによって「道がつながっている」ことを感じて喜んで下さる方が一人でもおられれば、当サイトの存在意義が一つ見出せているのかもしれません。

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