信号小話2 黄点滅・赤点滅の意味の変遷

2017年03月29日 20:40

日本の交通信号機は原始的な「交通標板」やそれに付随した補助的灯火の時代を経て、1930年3月に日比谷交差点に初めて自動の灯火式のものが設置されました。この際は「緑・黄・赤」の三色でほぼ現代に近い信号機が設置されています。

その後、黄点滅信号が日本で初めて登場したのは東京・お茶の水交差点で1934年のこと。当時は「閃光式」と呼び、「交差点があるので注意徐行せよ」の意味でした。なので、現在の黄点滅信号のように「優先権はこちら。注意して走行すれば良い」という意味でもなく、現在の赤点滅信号のように「一時停止」の意味でもなく、一時停止不要の「徐行」というちょっと違う意味での運用でした。

更に赤点滅信号が日本で初めて登場したのは1942年の第二次大戦中のこと。この時の告示「交通整理の信号方法に関する件(改正)」で定められた意味は「一時停止」でもなく、何と「警戒警報発令中」の意味です。警戒警報とは、防空上の警報で早い話が「航空機ノ来襲ノ虞アリ」というもの。道路交通のための信号機ではなく、軍事上の意味で流用されたものでした。当時は警戒警報が発令されると警察官が直接各交差点まで出向いて手動で通常の信号サイクルと赤点滅を切り替えていましたが、1943年からは警視庁にて一括制御されるようになっています。このような運用は1945年の終戦で実質的に終了となりました。

そして、1947年「道路交通取締法」と「道路交通取締令」が制定された際に信号灯火の意味も定義されました。この時、従来は「徐行」を示した「黄点滅」と「警戒警報発令中」だった赤点滅の意味をどちらも廃止し、ほぼ現在と同じ意味に変更されました。

なお、この名称が「閃光式信号」から「点滅型信号機」に変わったのは、1960年のことです。

※画像は戦前の警視庁ポスター。「赤色閃光」「橙黄色閃光」がそれぞれ「赤点滅」「黄点滅」に相当します。なお、1947年までの信号機については全国でまだ統一されていなかったので、までのあくまでも警視庁管内のみの話となります。

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ちなみに、「道路標識及び信号に関する条約 (ウィーン条約)」では、赤点滅は「絶対停止(踏切・跳ね橋等)」、黄点滅は「通行しても良いが注意必要」を意味するものと規定しています。黄点滅でも、日本では青信号にやや近いですが、ウイーン条約上は「要注意」となり少し意味合いが違います。
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