両論併記の真実~ワトキンス報告書から60年~

2016年09月22日 21:53

bl-q922a.jpg

1956年8月にワトキンス調査団による「名古屋・神戸高速道路調査報告書」、いわゆるワトキンス報告書が提出され、建設省道路局による翻訳版が同年9月22日に出てから60年となります。名古屋・神戸高速道路=名神高速道路の建設にかかわる経済的妥当性並びに技術的妥当性を調査したこの報告書は、「日本の道路は信じがたい程に悪い」で始まる冒頭文が当時の日本人に強烈な印象を与え、その後の高速道路建設の大きな原動力となりました。

一方で、この報告書では、当時ルート選定で論争が続けられていた東京・名古屋高速道路の計画(東名高速ルートとすべきか、中央道ルートでまず建設すべきか?)にも一定の示唆を与えています。このルート選定について、書籍や言説等でしばしば「ワトキンス報告書では両論併記となった」と取り上げられますが、果たして本当に「両論併記」だったのでしょうか?
ここではワトキンス調査報告書のうち、東名・名古屋高速道路の計画にかかわる部分に注目して、その内容を紐解いていきたいと思います。

※ワトキンス報告書にかかわる過去ログはこちら(2012/12/09)
※東名・中央道のルート選定論争の過去ログはこちら(2010/05/06)
※ここでも現在の東名高速ルートを「東海道ルート」、中央道ルート(厳密には赤石山脈の下を通過する旧中央高速ルート)を「東山道ルート」と呼称します。)



1 ワトキンス報告書「調査結果と勧告」における記載

まずワトキンス報告書の冒頭において、東海道ルート(東名高速)・東山道ルート(中央高速)は以下のように言及されています。

bl-q922b.jpg

「道路運輸政策12 東京より名古屋に至る中央道案は東海道沿い路線との比較線ではなく、経済開発のために望ましいもう一つの計画である。」 


特にこの項のみをもって「両論併記」とする書籍・言説が多いのではないかと思います。
とは言え、この項を整理すると以下がポイントとなるのではないでしょうか?

□(東海道ルート・東山道ルートの)いずれもそれぞれ全く異なった根拠で有益である。
□(東山道ルートの)道路は基本的に開発道路であって、4車線往復分離の高速道路よりも、むしろ先ず第一に必要なのは中間的な2車線道路である。~(中略)~出入制限の設計をすべきでない。
□(東山道ルートの)道路は料金収入によってまかなうことはむずかしい。
□日本の中央を通る道路(=東山道ルート)の建設は、海岸に沿う高度の人口密集地域における現在の交通混雑を軽減するには対して役立たない。たとえ、中央高速(=東山道ルート)が建設されたとしても、ほぼ東海道に平行する高速道路(=東海道ルート)が依然として必要であろう。


よく読んでみればワトキンス報告書では「中央高速(東山道ルート)は『4車線往復分離』『出入制限(IC式立体交差)』『有料道路制』のいずれも不適」と言っているんですね。現在の日本ではなぜか対面通行の道路や平面交差の道路であっても自動車専用道路でさえあれば「高速道路」とみなされますが、国際的には「4車線往復分離」と「出入制限」は高速道路とする必須要件とされていますので、これは遠回しに「東山道ルートに高速道路規格の新路線は無理」と言っているようなものです。
しかも、「中央高速(東山道ルート)を建設しても、東海道ルートの高速道路が必ずいる。」とまで言っているわけです。これは裏を返せば

高速道路の建設パターンとして
 (1)「東海道ルートだけを建設する。東山道ルートは建設しない」
 (2)「東海道ルートと東山道ルートのいずれも建設する」
は選択肢としてありうる。

でも、
 (3)「東海道ルートを建設せず、東山道ルートのみを建設する」
という選択肢はありえない。


…という図式になります。

ワトキンス報告書はあくまでも名古屋-神戸間の高速道路調査が主たる内容ですが、ワトキンス調査団では東京-名古屋間のルート選定が日本国内で大論争となっていたことは元から承知しており、更に調査対象である名古屋-神戸間の高速道路が東京-神戸間における高速道路へ当然に抱合されると考えていたようです。
調査報告書の内容をもう少し詳しく見ていきます。



2 国道1号の問題 

当時、東山道ルート(中央高速)推進派の強い論拠として、「東海道ルートは、既存の国道1号をバイパス化すれば事足りる」「国道1号のバイパス化をしたうえで、更に東海道ルートの高速道路(=東名高速)も建設したら二重投資になる」という点が挙げられていました。
これについて、ワトキンス報告書では以下のように論述しています。

bl-q922c.jpg

「日本の国道1号の問題は、米国のUS1号線についての非常に似かよった問題によって、よく説明される。長年にわたってアメリカの道路建設者達はUS1号線を拡幅したり線形改良したりして、交通の伸びと歩調を合せようとしてきた。~中略~しかしながら、20~30年にわたる応急対策と数百万ドルの経費の効果は交通を動き続けさせるためであったが、US1号線はアメリカでもっとも混雑しているのみならず、最も危険な幹線となった。
 このような事態に対する解決策は明らかである。すなわち、新しい位置に新しい道路を築造することによって、もう一度初めからやり直すことである。」


つまり、「日本においても東海道ルートを国道1号のバイパス化だけで済ませたら破たんする。東海道ルートで新しい位置に新しい高速道路を建設するしかない」…と言っているわけですね。これは東山道ルート(中央高速)推進派の重要な論拠の一つを全否定することとなります。




3 コストの問題

そして、ワトキンス調査報告書では東山道ルートの高速道路について以下のように述べています。

bl-q922d.jpg

建設省案(=東海道ルート)と中央路線案(=東山道ルート)のどちらが、より費用がかかるかという論議は見当違いである。なぜならこの二つの道路は完全に異る必要性をみたすものであるからである。しかし、費用の比較がしばしば引用されるから、中央路線についてはこれまでの建設費の計算は、皮相的な調査のみに基づいて行われていることを注意せねばならない。この中央路線についての現在の意見の相違は、精密な調査によって建設費の問題がはっきりして来れば、また、この二つの計画は本質的に違っていることが認識されれば、造作なく解決されるであろう。


つまり、建設コストの問題に限定してものすごい意訳をお許しいただければ
「東海道ルート・東山道ルートのコスト比較をしたって無駄。東山道ルートの建設費計算は皮相的。東山道ルートの精密調査をやって建設コストが跳ね上がることが確認できれば、東山道ルートよりも東海道ルートに軍配が上がるに決まってる」という帰結になります。

この箇所については、同年に日本道路公団にて設置されたワトキンス調査団報告書検討委員会で以下のとおり結論づけられました。

bl-q922e.jpg

(中略)中央道路線の建設費の概算がずさんであることを指摘(中略)

この論述が有料高速道路としては東海道路線が決定的にすぐれていることを断定しているものであることについては、全委員異議なく承認した。



この箇所に限らない話ですが、ワトキンス報告書自体は穏健な言い回しをしつつもかなり緻密な論理展開をして、確固たる一つの結論を知らぬ間に導いている…ということが多いような気がします。
(その意を受けてか、ワトキンス調査団報告書検討委員会では「中央道路線はずさん」とまで言い切っている…。)




東名・中央道論争において、ワトキンス報告書では表面的には「両論併記」という表題こそとっていますが、その実は「中央道は論外。冷静になれば議論するまでもない!」と言っているようにしか思えません。

ワトキンス報告書は、その論理構成のみならず、均整とれた文章構造も含め、これほどに見事な経済報告書はないと考えます。
「両論併記」というニュアンスは色々とあると思いますが、少なくともワトキンス報告書は議論を避けるという無責任的意味での「両論併記」という結論は出しておらず、その後の東名高速・中央道の行く末を予言したかのごとき見事な示唆を与えています。
読めば読む程うならざるをえない、当時の日本人を感嘆せしめたワトキンス報告書は、今もなおその価値を減じていないと思います。

スポンサーサイト


最新記事