高速自動車国道における路線番号

2014年11月22日 21:32

既に様々な方がネット上でも言及されているところですが、日本の高速道路の黎明期においては、高速自動車国道に番号が付与されていました。一応、経緯を整理しますと…



□昭和32年8月3日政令第275号
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 路線番号1 高速自動車道中央自動車道(小牧市~吹田市)
 路線番号11 高速自動車国道吹田神戸線(吹田市~神戸市)

□昭和37年3月31日政令第93号

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 路線番号1 高速自動車国道中央自動車道小牧吹田線(小牧市~吹田市) ※変更
 路線番号2 高速自動車国道中央自動車道東京富士吉田線(東京都渋谷区~山梨県南都留郡河口湖町)

□昭和37年5月30日政令第223号

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 路線番号12 高速自動車国道東海道幹線自動車国道東京静岡線(東京都渋谷区~静岡市)
 路線番号13 高速自動車国道東海道幹線自動車国道豊川小牧線(豊川市~小牧市)

□昭和40年11月1日政令第349号

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 本則中「、路線番号」を削る。
 (※上は東海道幹線自動車道建設法施行令の改正部分)



上記のような経緯をたどって高速自動車国道の路線番号は1965年(昭和40年)に実質廃止されるに至ったわけですが、同じ路線にもかかわらず別の番号になっていたり、3~10番は欠番だったりで、番号の法則性がちょっとわかりづらくなっています。一応廃止直前の高速自動車国道の路線番号を整理すると、最終的には以下のようになっていました。

※ちなみに以下、[ ]で囲った道路名は、現在の営業路線名でいう道路名を指すこととします。(たとえば、[中央自動車道]と言った場合は[現在の営業路線名でいう中央自動車道]の意味です。)

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[名神高速道路]は小牧~吹田が「路線番号1」、吹田~神戸までが「路線番号11」となってなぜか同じ路線にもかかわらず別の番号が採番されています。また、[中央自動車道(いわゆる富士吉田線含む)]が「路線番号2」であるのはよしとして、[東名高速道路]に至っては「路線番号12」と「路線番号13」に分かれます。

実は、当時の路線番号について「国土開発縦貫自動車道(縦貫道)」は1桁に、その他の路線は2桁に…という考えがあったことによります。
[名神高速道路]については、当時は「(法定路線名でいう)中央自動車道」であったわけですが、うち吹田~吹田までがいわゆる縦貫道の区間に該当し、吹田~神戸の区間は縦貫道外の区間でした。そのため、同じ[名神高速道路]にも関わらず、路線番号は二つに分けられることとなります。
一方の[中央自動車道]と[東名高速道路]についても、縦貫道に相当する[中央自動車道]は1桁の番号となりますが、[東名高速道路]は縦貫道ではないので、2桁の番号が与えられ、更に高速自動車国道の指定の順かつ東京から近い順に12・13と採番されることとなりました。



こんな感じで採番された路線番号は、1965年(昭和40年)に東北・中国・九州・北陸の四路線が高速自動車国道として新たに追加した際に、削られることとなりました。この辺りの事情は当時の建設省道路局の文書に一応残されています。

「高速自動車国道の路線を追加指定するあたっての問題点」

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詳細までの解説は避けますが、路線番号については「相互間に明確な基準は無い」「建設区間ごとに採番している」「縦貫道を1桁、その他は2桁としているが、1桁の番号はすぐに枯渇する可能性大」「東海道が12というのはおかしい」「わずか10本程度であれば現時点での整理番号は不用ではないか(=審議諮問事項)」などの問題点を挙げています。

ここからは当方の想像も入りますが、「相互間に明確な基準が無い」と言う点については、当時はまだ高速道路網体系が定まっていない時期なので、これはやむをえないことかな…と思います。根源的に考えると、体系だった高速道路網計画ができるのは国土開発幹線自動車道建設法の制定を待たねばならなかったわけですし、当時存在した「縦貫道」構想にしても建設省サイドがあまり色良く思っていなかった旨容易に推測されます。(そもそも国幹道法についても、東海北陸道建設法がすんなり可決してしまったために、「もっと優先して建設すべきところがたくさんあるはず!優先順序がおかしくなる!」と青ざめた建設省が無秩序な議員立法を阻止すべく新法策定に着手したという逸話があるわけですけど…)
二つ目の建設区間ごとに採番しているというのも指摘の通りでありまして、既に当時の東名高速は「東京~静岡」と「豊川~小牧」で別の番号を採番しています。こんな感じで同一路線に複数の番号を採番し続けたら、いくら番号があっても足りない状態に陥ったでしょうね。同じ路線については追加する場合でも「必ず同一の番号を付与する」ということにしていれば問題なかったと思いますが、東名vs中央みたいな争いが既に九州でも起きていたことを考えると、そのような原則を徹底できる確信は持てなかったことと想像します。


当時はとりあえず路線番号不要ということで落着し、日本の高速道路においては路線番号というものが存在しなくなりました。しかし、その後も路線番号制度の新設を求める声がわき上がり、検討会などで俎上に出てきてはいつの間にか立ち消え…を繰り返しています。作者KAWASAKIとしては「無理して高速道路に路線番号を付与する必要は無い」と思っていますが、この辺りの経緯を見ると「やはり道路というものは長期的な計画というものが不可欠なシロモノだな~」と考え込んでしまいます。

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