高速道路用案内標識の歴史A-2

2013年05月24日 18:25

A 試験検討時代

(2)デザインの検討

前回の続きです。
当時の若手デザイナーに依頼したらあまりにも斬新なものが出てきてしまったという高速道路用案内標識のデザイン。まぁ、実用性第一で考えるべきものの典型である道路標識と、「何か斬新なことをやって新しいものを世に生み出したい!」と意気込む若手デザイナーとでは、前提とすべき立ち位置が相当違ったことでしょうね。
結局「提出されたデザインを元に」実用的なデザインを検討していくことになりました。
以下の画像はその際に残った4候補です。


<A案>

bl-n524aa.jpg bl-n524ab.jpg bl-n524ac.jpg

左上の「8」はIC番号。逆三角形の中の「1」「8」はそれぞれ国道1号・国道8号を示します。
中央の二等辺三角形の中に●点が見られますが、これは「●」1個あたり「あと1km」を示すそうで、一番左は2km手前、中央は1km手前を意味しているのだとか。


<B案>

bl-n524ba.jpg bl-n524bb.jpg bl-n524bc.jpg

こちらはA案を二段構成にしたもの。「栗東」「鈴鹿」の地名は横並びとなっています。
二等辺三角形の意味は先ほどのA案に同じです。二等辺三角形内の点の個数でICまでの距離を示す方式は、検討会の中でも意外に支持者がいたのかもしれません…。

<C案>

bl-n524ca.jpg bl-n524cb.jpg bl-n524cc.jpg

上下二段に分けつつ、上側は国道のおにぎりマークと2地名を記載しています。IC番号の記載が○の中になっていること、ローマ字が無いことを除けば、現行のものにかなり近いタイプです。

<D案>

bl-n524da.jpg bl-n524db.jpg bl-n524dc.jpg

A~C案はデザイナーが提案したものを改変した物ですが、このD案だけは高速道路調査会の道路標識分科会の提案によるものです。C案に比較的近いデザインでありまして、IC番号が上に行っている点が唯一の大きな違いでしょうか。

そして1963年1月に、このA~D案について公開調査が行われます。学識経験者や芸能人などを対象に東京都東村山の試験場でアンケートをとるなどした結果、基調案として選ばれたのがC案。このC案に若干の補正を加えたものが、後に名神高速開通前に誕生した高速道路の案内標識となったのでした。
ちなみに、IC番号はC案では○の中に記入されていたのに対し、後日正式に制定された際は■囲みのデザインに変更されたのですが、これはIC番号が2桁以上になったら、○のままでは見にくくなる懸念がある…という理由に基づきます。


(3)その他

<文字種について>
高速道路の案内標識の検討においては、「漢字」か「ひらがな」かという点も検討対象となりました。実験等の結果、「ひらがなを使う場合は、漢字に比べて文字の大きさを比較的小さくしても十分に判読が可能である」「ただし、判読性の早さという面では漢字の方が優れる(漢字二文字だと正読まで0.067秒のみであるのに対して、ひらがな四文字では11倍の0.75秒を要する)」ということで、最終的には文字高50cmの漢字の使用を原則とされることになります。

<名神高速道路部の試案>
デザインの検討が具体化したのは1963年のことですが、それに先立つこと1960年には日本道路公団名神高速道路部で一応の標識の試案が作られています。
この時の試案は以下のようなものでした。

bl-n524zz.jpg

その後に提案されたデザイナーによる案に比べるとかなりマシな印象がします(笑)
IC名が「豊中」となる場合の案内標識で、「大阪・伊丹」は近隣地の地名なのですが、IC名をひらがなにしたのは鉄道における駅名標の影響なのかな…と勘ぐってしまいます。

もっとも、「IC名はひらがな記載で本当に良いのか?」「文字の大きさはどのような論拠に基づいて決定すべきか?」「標識の配色はどうすればいいのか?緑でなくとも青でいいのではないか?」と全てが手探りの状態。当時の日本道路公団には標識のデザインを決定する権限もないわけで、結果的に様々な角度から標識設計の検討をしていくことになり、上記の経緯で案内標識が決定されることとなりました。

次回は、名神高速道路開通時の標識について解説していきます。


スポンサーサイト


最新記事