信号小話3 現示サイクルの変遷

2017年04月18日 21:14

信号の現示サイクルは、現代の日本においては一般に「赤→青→黄→赤…」の二段重複式に統一されています。しかしながら、この現示方法についても色々と変遷がありました。

■1930年日比谷交差点(36)

前回の「信号小話2」で記述したとおり、日本の交通信号機(自動かつ灯火式)は原始的な「交通標板」やそれに付随した補助的灯火の時代を経て、1930年3月に日比谷交差点に設置されたものが最初です。当時は以下のような「三位式」のサイクルでした。

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赤→黄→青→黄→赤→黄→青というサイクルで、「青→赤」の間に黄点灯が入るほか、「赤→青」に変わる際も黄点灯が挟まりました。これは日比谷交差点に設置された信号機が米国のレイ・ノルズ社製であったことによるものです。その後は、この日比谷交差点で設置された信号機の現示方法がひとまず当時の標準方式になり、同年4月の警視庁訓令告示により信号の現示方法はこの「三位式」に統一されます。同年以降は東京駅前や京都駅前などにも国産の信号機が設置されていきました。

しかしながら、赤→黄→青と変化する際は「青が点灯されるまでは停止」のはずが、「赤→黄」と変化した時点で進行する通行者が続出。これが問題となりました。


■1932年東京洲崎・本所厩橋四丁目交差点(4)

1930年の訓令告示により「三位式」で規定されていた信号現示を改良すべく、1932年3月に東京の洲崎及び本所厩橋四丁目に「重複三位式」の信号機が試験設置されました。この現示方法は以下のとおりです。

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両方向とも全て赤になるタイミングが無いことを除けば、現在の「二段重複式」と同じです。結果的にこのサイクルを採用することになり、警視庁訓令告示にて現示方法を「三位式」から「重複三位式」に改めることとなりました。以後、この「重複三位式」がその後長らく続きます。

※なお、以上の沿革は警視庁管内の東京におけるものです。全国的にはまだ信号機の導入自体がまだの時代であり、上記の現示方法以外にも「二位式(青・赤)」や「二重現示式(青・黄・赤だが、黄点灯時は必ず青か赤が一緒に点灯)」も存在しました。

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■1970年全赤表示の導入(二段重複式)

重複三位式は前述のとおり一方の交通が「赤」の場合、もう一方の交通は必ず「青」または「黄」となります。全部の方向が「赤」になるタイミングは全くありません。この重複三位式であった現時方法が二段重複式に変更され、全部の方向が「赤」になる全赤表示を完全導入することに決めたのは1970年のことです。

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前々回の「青信号の点滅」で触れた「黄色信号」の話に関係しますが、それまでの黄信号は「停止(例外認めず)」であり、黄信号の時に「交差点の中の車両は交差点からすぐに出ろ」という意味でした。これが全赤表示の導入により、黄信号は「停止、ただし急ブレーキになるときは例外」、赤信号は「停止、交差点の中の車両は交差点からすぐに出ろ」という意味に変わりました。
しかしながら、全部の信号機に全赤表示を導入するのは困難であったことから、1970年3月末までに主要な信号機のみ全赤表示を実施し、その他緊急性薄い信号機については予算措置の目処がつき次第順次対応されています。

 
信号機の灯火の意味については政令で定められていますが、現示方法は狭義の法令ではなく、通達・要領の世界となっているようです。もしかしたら、現在の現示方法も将来変更される日がまた来るのかもしれません。実際に現在の二段重複式(全赤表示)でないサイクルも法令上は採用できる可能性もありそうですが、黄色点灯時に赤か青が同時点灯する二重現示式だけは法令に根拠の無い現示となってしまうため無理でしょうね…。

※ちなみに、今回記述した各現示方式の名称(「●●式」)は、「三位式」「二位式」はともかくとして、今となっては運用沿革の場面でのみ出てくる用語となってしまったようです。おそらくネットで検索しても出てこないと思いますのであしからず…。


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信号小話2 黄点滅・赤点滅の意味の変遷

2017年03月29日 20:40

日本の交通信号機は原始的な「交通標板」やそれに付随した補助的灯火の時代を経て、1930年3月に日比谷交差点に初めて自動の灯火式のものが設置されました。この際は「緑・黄・赤」の三色でほぼ現代に近い信号機が設置されています。

その後、黄点滅信号が日本で初めて登場したのは東京・お茶の水交差点で1934年のこと。当時は「閃光式」と呼び、「交差点があるので注意徐行せよ」の意味でした。なので、現在の黄点滅信号のように「優先権はこちら。注意して走行すれば良い」という意味でもなく、現在の赤点滅信号のように「一時停止」の意味でもなく、一時停止不要の「徐行」というちょっと違う意味での運用でした。

更に赤点滅信号が日本で初めて登場したのは1942年の第二次大戦中のこと。この時の告示「交通整理の信号方法に関する件(改正)」で定められた意味は「一時停止」でもなく、何と「警戒警報発令中」の意味です。警戒警報とは、防空上の警報で早い話が「航空機ノ来襲ノ虞アリ」というもの。道路交通のための信号機ではなく、軍事上の意味で流用されたものでした。当時は警戒警報が発令されると警察官が直接各交差点まで出向いて手動で通常の信号サイクルと赤点滅を切り替えていましたが、1943年からは警視庁にて一括制御されるようになっています。このような運用は1945年の終戦で実質的に終了となりました。

そして、1947年「道路交通取締法」と「道路交通取締令」が制定された際に信号灯火の意味も定義されました。この時、従来は「徐行」を示した「黄点滅」と「警戒警報発令中」だった赤点滅の意味をどちらも廃止し、ほぼ現在と同じ意味に変更されました。

なお、この名称が「閃光式信号」から「点滅型信号機」に変わったのは、1960年のことです。

※画像は戦前の警視庁ポスター。「赤色閃光」「橙黄色閃光」がそれぞれ「赤点滅」「黄点滅」に相当します。なお、1947年までの信号機については全国でまだ統一されていなかったので、までのあくまでも警視庁管内のみの話となります。

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ちなみに、「道路標識及び信号に関する条約 (ウィーン条約)」では、赤点滅は「絶対停止(踏切・跳ね橋等)」、黄点滅は「通行しても良いが注意必要」を意味するものと規定しています。黄点滅でも、日本では青信号にやや近いですが、ウイーン条約上は「要注意」となり少し意味合いが違います。

準中型免許の既得権

2017年03月12日 22:38

今日免許更新手続きに行ってきたところ、本日3月12日はたまたま「準中型免許」の施行日でありました。
二輪や大特等を除いて「大型」「中型」「普通」の三区分だった免許種別が、今後「大型」「中型」「準中型」「普通」の四区分になるわけですね。

そしてもらったのが下の紙。

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平成29年3月12日以前に「大型免許」と「普通免許」を両方取得していた方の場合、本日以降で免許の更新を行うと「準中型車は(5t)に限る」という条件が記載されるとのこと。そもそも大型免許を持っていれば、平成29年3月12日以前の「中型」「普通」を運転可能ですし、平成29年3月12日以降も「中型」「準中型」「普通」全て運転可能となるはずであり、わざわざ免許の条件を付すのも変な話です。

で、この紙の「お答えします」によれば、

大型免許を持っている方が、更新時に深視力で合格基準に達しなかった場合は、普通免許(新法の3.5トン)しか渡せなくなるのです。しかし、条件を残すことにより、将来、更新時に深視力で合格に達しないことになっても、普通免許の合格基準に達していれば、5トン限定の準中型免許を渡すことができるのです。既得権を保護するために条件を付与していると考えてください

とのこと。

下手な解説を加えさせていただくと、まず免許の区分は以下の通り変わります。
(中型免許の説明はここでは省略)
□H29/3/12以前
 普通免許→深視力検査は不要、運転できるのは総重量5tまで
 大型免許→深視力検査あり
□H29/3/12以降
 普通免許→深視力検査は不要、運転できるのは総重量3.5tまで
 準中型免許→深視力検査あり、運転できるのは総重量7.5tまで
 大型免許→深視力検査あり

なので、H29/3/12以前に普通免許を受けていた場合は「深視力検査は不要」「総重量5tまで運転可」となっていました。逆に言えば、H29/3/12以前に普通免許を受けていた方は「深視力検査不要で総重量5tまで運転可」という既得権を得ていたことになります。この既得権は上位免許である「大型」「中型」を取得した場合でもそのまま存続します。

そして、上のケースの方の場合は普通免許を受けた後で更に大型免許を受けていたのでH29/3/12以降の普通免許も準中型免許の範囲を含む車種を運転できるわけですが、もしも深視力検査をパスできない等の事態が発生した場合は大型免許が失効するとしても、H29/3/12までの普通免許の効力はそのまま残るんですね。よって、将来もしも深視力検査をパスできず大型免許が失効した場合は、「新視力検査は不要で総重量5tまで運転可」という状態は残り、この時になって「準中型(深視力検査不要、総重量5t限定)」という隠れた効力が現出することになります。
この免許の条件はそのことを意味しているんですね。

実際は、更に以前のH19改正前の「普通」(=現在は「中型」の限定)を受けている人がかなり多いと思いますが、こんなところにも制度改正の影響が出ているんだな~と感じた次第です。



信号小話1 かつて存在した青信号の点滅

2017年02月12日 21:34

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↑単なるイメージ画像です

歩行者用信号での「青信号の点滅」はおなじみですが、かつては(車両用)青信号の点滅が関西地方を中心に運用されていたことがありました。

通常は「青点灯→黄点灯→赤点等→青点灯…」のサイクルが一般的ですが、この「青点灯→黄点灯」の間に「青点滅(5~7回の点滅」を挟み、「青点灯→青点滅→黄点灯→赤点灯→青点灯」のサイクルで運用されます。この青信号点滅は「注意信号(黄点灯)」の予告として、車両に停止準備をさせ、黄色信号時における交差点への進入を抑制する」ということが狙いだったようです。
元は1953年頃の大阪・本町二丁目交差点で採用された信号サイクルでしたが、ピーク時には全国で42%との普及率を誇っていました。

しかしながら、この「青点滅」は後に色々と問題となりました。
(1)もうすぐ黄点灯→赤点灯となるため、青点滅の時は急加速して通過しようとする車両も発生したこと。
(2)これに伴い、青点滅の時には「減速しようとする車両」と「加速しようとする車両」の両方が混在し、交通運用上危険を招いてしまったこと。これは現在の「黄点灯」にも同じ現象が見られますが、現在の「黄点灯」と比べて「青点滅」の現示時間が長めであったことから、現在の「黄点灯」に比べてより深刻だったようです。
(3)法的には「青点滅」の意味が法令上明確に規定されておらず、運転者の混乱を招きかねなかったこと。歩行者用信号の青点滅については1965年から統一運用されますが、通常の車両用信号で「青点滅」が規定されたことは一度もありませんでした。
(4)更に、国際的には「青点滅信号は歩行者に対してのみ適用する」となっていたこと。当時検討されていた国際条約案でも同様な規定が盛り込まれており、車両用の「青点滅」というものは国際的にもかなり奇異な存在でした。
(とはいえ、日本の道路交通行政自体が国際的に見てもかなりガラパゴス化していますが、その解説はまた別の機会に…)

そして決定打となったのは、小山簡易裁判所で「青点滅信号は、法規定に根拠のない表示方法であるから無効であり、同じ信号機の黄・赤信号ともに無効である」という判決が出たこと。後に控訴審では「無効とはいえない」という判断に落ち着きましたが、それでも判決では「青点滅信号は法規に明記されていないもので、だれもが直ちにその意味を理解できるとはいえない。もしこれに特別な意味を持たせる必要があれば、法規によって意味を規定するのが相当である」と指摘され、交通行政の不備が浮き彫りとなりました。

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↑当時の朝日新聞記事より

そもそもですが、このような「(車両用の)青点滅」が出現したのは「黄信号」の当時の法規定がちょっとおかしかったことにも起因しています。当時の道路交通法施行令では「黄信号」の意味を「車両等は交差点の直前において停止しなければならず、また、交差点に入っている車両等はその交差点の外に出なければならない」としていました。現在は「ただし、急ブレーキなどで安全に停止することが出来ない場合は、交差点に進入しても良い」という規定が追加されていますが、当時の黄色信号は「例外なく止まれ」であり、赤信号との唯一の違いは「交差点の中の車両は交差点からすぐに出ろ」という点だけでした。よって、当時の黄色信号は赤信号の予告的な機能を全く果たせていなかったんですね。
このような法令不備を補うべく、当時「例外なく止まれ」という意味の黄信号を予告するため、わざわざ「間もなく黄色信号」という意味の「青点滅」の信号が出現することとなりました。

前述の判決を受けて青点滅信号の是非について検討が進められた結果、「青点滅信号」は原則廃止。黄色信号の意味も後に改正され、「ただし、急ブレーキなどで安全に停止することが出来ない場合は交差点に進入しても良い」という但し書き規定が追加されました。現在は公道における青点滅信号は原則設置不可となっています。(歩行者用信号に表示板を付ければ、歩行者用信号の青信号を自転車に適用することは一応できますけどね…。)

ピーク時は全国でも42%の普及率になったということもあり、「昔は青信号点滅があった」ということを記憶されている年輩の方も若干はいらっしゃるようですが、既に日本で忘れられて久しい様子です。

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↑公道では車両用の青点滅信号はありえないですが、意外なところで札幌市では構内信号として青点滅が使用されている場所があったりします。ちょっと検索頂ければわかると思いますが…。

[KAWASAKI-TR1975(224)]
[KAWASAKI-DN6XXA]
[KAWASAKI-SQ2203]
[KAWASAKI-OL4173]

大雪を驚かず

2016年12月29日 06:31

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↑北海道新聞の記事より。

札幌は大雪に見舞われています。交通機関も混乱。
道路事情もなかなか大変なもので、特に12/23前後の連休中は普段10分ほどで到着できる道のりに1時間要することもしばしばでした。

ただ、新潟出身の作者KAWASAKIもそうですが、大雪だからと言って騒がず、冷静に大雪という状況を受け入れるのがほとんとの雪国人のスタンスではないかと思います。まぁ、大雪になってジタバタしたところで何か事態が好転するわけでもないので…。
大雪を驚かず、騒がず、八つ当たりせず…というのは雪国人の美徳(?)かもしれません。

そんな中、「大雪を驚かず」と言っておきながら…という感じもありますが、折角なので大雪の札幌の様子を紹介してみようと思います。

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↑下手稲通の様子。
普段ならば両側計四車線の道路ですが、実質的には二車線のノロノロ運転です。

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↑個人的に一番厄介だと思うのが、雪の路盤にできた穴ですね。
ここにタイヤがハマるとすぐにハンドルをとられ、対向車線へ車両がスリップしていきます。
(たぶん、積雪寒冷地ではほとんどの人が大なり小なり経験しているのではないかと…)
車間を十分空けて速度を落とすことは当然ですが、ハンドルは押さえつけるようにしてまっすぐに保ち続けることも意外と有効です。

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↑真駒内通り。
道路の両側には人の背丈以上の雪の壁ができています。通常ならば除雪(=重機で道路脇に雪をよける)後に排雪(=道路脇の雪をダンプなどに積んで、雪捨て場まで移送する)を行うのですが、この大雪のために排雪が追い付いていません。
雪壁の残る箇所の交差点では、右左折の確認時に雪壁で視界が遮られるためかなり厄介です。

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↑除雪すら追い付いていない道路で、除雪車の後ろを走行する様子。
画像ではわかりづらいですが、更に吹雪のため視界がかなり悪くなっています。
さすがに地吹雪に巻き込まれたらどうようもなくなるんですね…。
行くも地獄、止まると事故る…(これホント)。

この頃札幌でよく聞く話は「大雪が早かった年は、雪解けも早い」ということ。
「毎年降る雪の総量は変わらない傾向が続いており、早い時期に大雪になると、その後はあまり雪が降らなくなる」のだそうです。
本当の話だか単なる希望的観測なのかはわかりませんが、冬に苦労した分、春の楽しみ・ありがたみが大きく感じられるというのは、雪国共通の感覚なのかもしれません。

年末最後のブログ記事がとりとめのない話になってしまいすみませんでした。
これにて当サイトは本年の最終更新となります。
どうぞよいお年をお迎えください。






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