道の駅にかかわる今年度の北海道新聞記事を振り返る

2018年03月29日 21:52

北海道新聞から、今年度の「道の駅」の話題を振り返ってみたいと思います。
年度後半の記事ばかりに偏ってしまっておりまして、なぜかというと当たりの話ではありますが、後の方になるほど新しい情報が出てくるので、年度前半の記事よりも年度後半の記事の方がより詳しい記事になっていたりする…なんですね。

まずは新規開設の「道の駅」から。
石狩市厚田区では、「道の駅 石狩あいろーど厚田」が今年4/27に開設予定となっております。
先日はマスコミ向けの管内公開が行われました。

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国道231号沿いですが、確かに増毛町から札幌市街まで休憩施設と呼べるような相応のものはなかなか無かったんですね…。道の駅ができてくれるとなると、かなりありがたい存在になると思います。




続いて函館市のお隣にある七飯町。
先日道の駅「七飯」が開設されました。
なかなか賑わっているようです。

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北海道新聞でも「新幹線駅ができたものの駅前が閑散としている北斗市、その一方で戦略的に道の駅などを活用して町づくりを進める七飯町」…という感じで対比されて紹介されていました。




室蘭市街にある「道の駅みたら室蘭」が2019年4月にリニューアルオープンされるという記事。
今年から室蘭-宮古のフェリーが就航することもあり、経済界の期待も集まっているようです。

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こちらは2019年度の開業を目指している遠軽ICの道の駅。
駅長候補として勤務される佐藤さんが北海道新聞に何度か紹介されたのですが、本日付の北海道新聞で具体的な施設概要が決まった旨記載されましたので、そちらの記事を紹介しておきます。

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更には、「道の駅あしょろ銀河ホール21」が国土交通省の「モデル道の駅」に認定されたという記事。
観光サービスのみに特化せず、都市間バスや町内コミュニティーバスなどバス乗換え場所としても機能しているのだとか。こちらの道の駅は旧ふるさと銀河線(旧旧国鉄池北線)の足寄駅跡地にできたもので、元から町の中心地にあったという背景はありますが、確かに旧駅舎を残した観光的な色合いもありつつ、ホールも併設されており、鉄道廃止後も町の核となっているようです。

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考えてみると、道の駅というのは道路施設・観光施設という面も持ちつつ、交通の結節という機能を持たせられるうえ、地域経済の核ともなりうる可能性を秘めた存在と言えます。今流行りの「地方創生」ではないですけど、人口減少時代において、道の駅をどのように活用するか…と言う点は戦略的な視野を持っている自治体ほど今後10年・20年後の地域経済に大きな差異をもたらしているかもしれません。




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福島町の「道の駅 横綱の里ふくしま」の話。
1997年に開業していますが、現在は手狭になってしまっており、周辺も拡張余地が無いことから移転を議論しているのだとか。確かに、こちらの道の駅は小規模だった記憶があります。




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人口が道内最小(約750人)の音威子府村にある「道の駅 おといねっぷ」のレストラン閉鎖の話。
記事に寄れば、近年は客足が減少して当初5人の従業員は男性と妻の2人だけとなっていたうえ、道の駅のトイレ清掃や2016年導入の電気自動車用急速充電器の管理まで任せられ、「許容範囲を超えている」状態だったのだとか…。2017年12月からレストランが閉鎖された後、村としては再開を目指しているようですが、今のところ閉鎖状態は続いているようです。

そう言えば、先ほど紹介足寄町にもほぼ閉鎖状態の別の道の駅があります。そちらの話はまた今度に…。




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最後の記事は、かねてから存在した老舗ドライブイン閉鎖のお話。
道内でドライブインなど6店舗を経営していたオホーツク観光(株)は2017年11月をもって店舗を全て閉鎖しました。記事では閉鎖の背景として団体旅行の減や道の駅の急増による競争激化などを挙げています。
(まあ、そもそも2015年にはオホーツク観光(株)自体が経営不振に伴いファンドの出資を受けていたという事情もありますが…。)

考えてみると、ドライブインの閉鎖という流れは止められないようです。公的整備による道の駅の増加と民間資本によるドライブインの閉鎖という構図に対しては色々議論もあるかと思いますが、ドライブイン自体が何らかの観光資源のあるところに立地するかしていない限り、ドライブインが斜陽化していく原因について枚挙に暇は無いと考えます。団体旅行客の減、道の駅との競合はもとより、施設の老朽化、来客数減→設備投資見送りという悪循環、高速道路の延伸(国道沿いのドライブインはモロに影響を受ける)、施設の乏しい代替性、商流の変化…etc。
道の駅の隆盛の影で、特に北海道では廃墟となったドライブインが国道沿いに散見されます。



道の駅については光と影の両面があるものの、今後ますます地域の核として重要な位置づけになっていくことは間違いないと思います。道の駅を紹介するにしても、ネット上にはもっと素敵なサイトが多々ありますので当サイトでは個々の道の駅を取り上げることはしないつもりですが、今後とも注目していきたいとは思っております。

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週刊現代「危ない信号機」

2017年12月29日 20:16

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先月の週刊現代の記事「危ない信号機が放置されている」より。
当方も信号機にはそこまで詳しくはないですが、それでも古い角型信号などを見れば「まだ頑張っているんだな~」と感じます。逆に最近まで頑張っていた古い角型信号機が撤去されてしまうと、「もったいないなぁ…」と寂しく思ったり。道路マニア的には古い信号機は割と歓迎されている存在ではないかと思います。

しかしながら、この記事によれば
「全国の信号機21万基の2割りにあたる4.5万基が更新期限を過ぎたまま放置」
「(一例として)ゼブラ柄の信号機は1974年に製造が終了したため、少なくとも43年が経過」
「昨年度の信号機障害の発生件数は807件にのぼる」
など、むしろ大問題となる懸念のを秘めているようです。更には、信号機の設置ピークは1972年の8000基設置であったため、2020年代にはそれらが設置後50年も経過するという「2020年問題」を抱えているのだとか…。

人口減少期に入っている中で、道路のインフラの維持修繕の問題が顕現化してきましたが、信号機という身近な存在もまた今後の対策を根本的に考える時期に入っているのかもしれません…。



日勝峠28日開通

2017年10月25日 21:22

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↑本日付の北海道新聞朝刊より

昨年の台風被災以来通行止が続いていた国道274号日勝峠区間について、北海道開発局は10/28(土)午後1時をもって通行止を解除する旨発表したとのこと。既に道内では初雪を観測済みの地点が多い時期になっていますが、これ以上遅延すると積雪期に入って施工が難しくなるケースも出てきたはずですので、無事に冬季前に復旧したことには敬意を表したいと思います。

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↑北海道開発局のプレスリリースより



更に、北海道開発局のホームページのプレスリリース文を見たところ「全線対面通行」とのことでした。
一部でも片側交互通行区間が発生するかと思いきや全線対面通行で復旧したようです。
また当サイトでも「国道二点間比較」のような感じで、復旧前後で変化のあるところがあれば取り上げてみたいな~と思っております。

国道274号日勝峠10月末通行止解除予定

2017年08月24日 20:50

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↑北海道開発局の8月22日付プレスリリース資料より

既に新聞やテレビなどで報道されておりますが、北海道開発局及び東日本高速道路株式会社北海道支社が8月22日にプレスリリースしたところによると、昨年8月末以来台風で通行止になっている国道274号日勝峠区間の通行止解除予定が「平成29年10月末まで」になったとのこと。
国道274号日勝峠の復旧時期は、昨年11月に北海道開発局より「平成29年秋頃」という発表がなされた後でしばらく音沙汰無しの状況が続いており、「さすがに今月末には何らかの発表が出てくるのではないかな…」と思っておりましたが、やはり暦の上でも「秋」となってしまう9月になる前に開通見込みが出てきたようでした。
道東自動車道も良い路線ですが、やはり国道274号も重要な幹線道路であることには間違いないので、開通見込みだけでも具体的に発表されたのは喜ばしいことかと思います。

ここにきてちょっと思うのが、道東自動車道への評価です。
高速道路建設の是非や道路公団民営化の議論の際、「無駄な道路」として必ずやり玉に挙げられていたのは、この道東自動車道でした。その道東自動車道が、昨年の台風で一時的に通行止とはなったもののいち早く復旧。一方で、国道38号は12日後、国道273号(三国峠)は9月30日に復旧、JR根室本線→石勝線ルートは12月まで運休、そして国道274号は開通見込みが発表されたとはいえ台風災害から1年以上経ても通行止のままです。距離・経済性の面でいえば、実質的に唯一残ったといえる道東自動車道が道東からの物流を紙一重で支えてくれたわけでありまして、道東の経済団体の方に話を聞けば皆さん口々に「道東自動車道がなければ、道東経済は壊滅していた」と語ります。(当方自身も業務で道東方面に行く際は、普段なら特急一本で行けるところ一日3往復しか運行されないJR臨時特急→代行バスに乗るか、予約が取りづらかった都市間高速バスを使うなどかなりの不便を強いられました。もっとも、道東道がなければそもそもバスすら運行できなかったわけでありまして…。)

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↑札幌駅発トマム行きの臨時特急(2016/11、札幌駅にて)

今回の事象については「今回の台風が未曽有なものであってたまたま道東自動車道が役に立っただけ」「国道38号や国道236号ルートで代替できる」と言う見方もありうるかもしれませんし、「実は道東自動車道は無駄な道路ではなかった」という見方もできるかもしれません。考え方はいろいろと思いますが、これまで道東自動車道への論評をされた方におかれましては、その是非によらず、今回の台風災害によって発揮された道東道の機能と、それらが与えうる今後の道路行政への影響について、現時点での総括をお聞きしたいものだな…と思っております。
自説を変える必要があると考える、自説を変える必要がないと考える、いずれであるにせよ。


信号小話6 交通信号設置記念日の謎

2017年07月30日 18:57

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↑8月20日は交通信号記念日。銀座の尾張町交差点など34箇所に日本初の3色灯自動式信号機が設置されたことにより制定されました



いわゆる「今日は何の日??」でたまに言及されるのが、この「交通信号の日」「交通信号設置記念日」です。
1931年8月20日に[日本初の][3色灯][自動式信号機]が設置された…ということなのですが、よくよく考えてみるとちょっとおかしいんですね。そもそも自動交通信号機は前年の1930年3月に米国レイノルズ社製(灯火式かつ三位式かつ自動式)が東京日比谷交差点に設置されていますので、「1931年8月20日が初」だとおかしくなります。


ちょっと話を整理してみます。
[仮説1 日本初の信号機ではないのか?
 これは「信号機」というものをどのように定義するか?という話になってきます。灯火式・文字式等原始的な話については前回のブログ記事「信号小話5 そもそも「信号機」の定義とは?」でざっと記述しましたので、そちらをご覧いただければと思います。


[仮説2 灯火式かつ三位式のものとしては初ではないか?]
 1927年11月に灯火式(青・黄・赤・矢印色灯)のものが東京本所原庭警察署で試験設置されています。ただ、この時は、実用化はなされず仕舞いでした。更に、1929年09月には灯火式かつ三位式のものが東京で設置されており、このときは手動で操作するタイプのものでした。よって、灯火式かつ三位式のものとしては1931年よりももっと早くに設置されていたこととなります。

[仮説3 灯火式かつ三位式かつ自動式では初ではないか?]
 前述のとおり、東京日比谷交差点に米国レイノルズ社製の自動信号機を設置したのは1930年3月のこと。なので、この説明は違います。

[仮説4 灯火式かつ自動式かつ三位式で国産の信号機としては初ではないか?]
 1930年05月に灯火式かつ三位式かつ自動式のものでは、初の国産となる信号機が東京や京都で設置されています。更に翌年6月には東京日本橋・呉服橋、大阪千日前などに設置されています。よって、1931年8月時点では既に国産の信号機が設置されていたこととなります。

…というわけで、なぜこの日が交通信号設置記念日なのか、ちょっとわからない状態です。強いて言えば、1931年8月は東京市電気局(いわゆる路面電車)が自動式交通整理機の設置申請を出した時期であり、これを機に一気に信号機が普及したという面はあります。実際、これまで路面電車の運行にあたって東京市電気局は信号人を配置してきましたが、これらを自動化したいという思惑が東京市電気局にあり、この流れが信号機の普及を後押ししていました。
交通信号設置記念日は、この辺りが関係しているのかな…という気がします。

いずれにせよ、「交通信号設置記念日」がなぜこの日なのか、そして誰が定めたモノであるのか、謎のままとなってしまいました。
あと20日で交通信号設置記念日がまた到来しますが、この謎を解ける人は現れるのでしょうか…。



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