冬道車間

2017年04月26日 21:43

bl-r426b.jpg

一般に高速道路の車間確認で「確認基点0m」「50m」「100m」という標識が見られますが、道央自動車道などでは「冬道車間」という標識も設置されています。おおむね「制限速度(km/h)×2」をメートル値にしているようで、80km/hの区間では「冬道車間160m」、100km/hの区間では「冬道車間200m」と記載されているようでした。

この時期はタイヤ交換を済ませた車両とそうでない車両の双方が車道を行き交いますが、北海道はおろか内地でも四月に雪が降ることはそんなに珍しいことではありません。(秋田では五月に雪が降ったこともありましたし…。)
もう雪が降りませんように…と祈りつつ、意外にこの時期は雪の危険が増している時期なので、注意が必要だと思います。

bl-r426a.jpg

[KAWASAKI-DQ5012]

スポンサーサイト

信号小話3 現示サイクルの変遷

2017年04月18日 21:14

信号の現示サイクルは、現代の日本においては一般に「赤→青→黄→赤…」の二段重複式に統一されています。しかしながら、この現示方法についても色々と変遷がありました。

■1930年日比谷交差点(36)

前回の「信号小話2」で記述したとおり、日本の交通信号機(自動かつ灯火式)は原始的な「交通標板」やそれに付随した補助的灯火の時代を経て、1930年3月に日比谷交差点に設置されたものが最初です。当時は以下のような「三位式」のサイクルでした。

bl-r419b.jpg

赤→黄→青→黄→赤→黄→青というサイクルで、「青→赤」の間に黄点灯が入るほか、「赤→青」に変わる際も黄点灯が挟まりました。これは日比谷交差点に設置された信号機が米国のレイ・ノルズ社製であったことによるものです。その後は、この日比谷交差点で設置された信号機の現示方法がひとまず当時の標準方式になり、同年4月の警視庁訓令告示により信号の現示方法はこの「三位式」に統一されます。同年以降は東京駅前や京都駅前などにも国産の信号機が設置されていきました。

しかしながら、赤→黄→青と変化する際は「青が点灯されるまでは停止」のはずが、「赤→黄」と変化した時点で進行する通行者が続出。これが問題となりました。


■1932年東京洲崎・本所厩橋四丁目交差点(4)

1930年の訓令告示により「三位式」で規定されていた信号現示を改良すべく、1932年3月に東京の洲崎及び本所厩橋四丁目に「重複三位式」の信号機が試験設置されました。この現示方法は以下のとおりです。

bl-r419c.jpg

両方向とも全て赤になるタイミングが無いことを除けば、現在の「二段重複式」と同じです。結果的にこのサイクルを採用することになり、警視庁訓令告示にて現示方法を「三位式」から「重複三位式」に改めることとなりました。以後、この「重複三位式」がその後長らく続きます。

※なお、以上の沿革は警視庁管内の東京におけるものです。全国的にはまだ信号機の導入自体がまだの時代であり、上記の現示方法以外にも「二位式(青・赤)」や「二重現示式(青・黄・赤だが、黄点灯時は必ず青か赤が一緒に点灯)」も存在しました。

bl-r419e.jpg


■1970年全赤表示の導入(二段重複式)

重複三位式は前述のとおり一方の交通が「赤」の場合、もう一方の交通は必ず「青」または「黄」となります。全部の方向が「赤」になるタイミングは全くありません。この重複三位式であった現時方法が二段重複式に変更され、全部の方向が「赤」になる全赤表示を完全導入することに決めたのは1970年のことです。

bl-r419d.jpg

前々回の「青信号の点滅」で触れた「黄色信号」の話に関係しますが、それまでの黄信号は「停止(例外認めず)」であり、黄信号の時に「交差点の中の車両は交差点からすぐに出ろ」という意味でした。これが全赤表示の導入により、黄信号は「停止、ただし急ブレーキになるときは例外」、赤信号は「停止、交差点の中の車両は交差点からすぐに出ろ」という意味に変わりました。
しかしながら、全部の信号機に全赤表示を導入するのは困難であったことから、1970年3月末までに主要な信号機のみ全赤表示を実施し、その他緊急性薄い信号機については予算措置の目処がつき次第順次対応されています。

 
信号機の灯火の意味については政令で定められていますが、現示方法は狭義の法令ではなく、通達・要領の世界となっているようです。もしかしたら、現在の現示方法も将来変更される日がまた来るのかもしれません。実際に現在の二段重複式(全赤表示)でないサイクルも法令上は採用できる可能性もありそうですが、黄色点灯時に赤か青が同時点灯する二重現示式だけは法令に根拠の無い現示となってしまうため無理でしょうね…。

※ちなみに、今回記述した各現示方式の名称(「●●式」)は、「三位式」「二位式」はともかくとして、今となっては運用沿革の場面でのみ出てくる用語となってしまったようです。おそらくネットで検索しても出てこないと思いますのであしからず…。


2017/04 今月の画像(千里浜なぎさドライブウェイ)

2017年04月01日 22:24

wp-r401.jpg

石川県の千里浜ドライブウェイです。
結構有名ではありますが、ご存じない方にはエイプリールフール企画と思われたかもしれません(笑)

解説についてはWikipediaその他のサイトでかなり詳細に記載されていますのでそちらにゆずりまして、ごくごく簡単に説明するならば「砂浜が固く締まっているため、波打ち際でも自動車で走行できる」という砂浜です。画像では大型バスも走っていますが、見てのとおり大型車でも一応走れます。

もしも近くまで来た際は、ついでに寄ってみると話のタネによいかもしれません。

[KAWASAI-SL6049]

信号小話2 黄点滅・赤点滅の意味の変遷

2017年03月29日 20:40

日本の交通信号機は原始的な「交通標板」やそれに付随した補助的灯火の時代を経て、1930年3月に日比谷交差点に初めて自動の灯火式のものが設置されました。この際は「緑・黄・赤」の三色でほぼ現代に近い信号機が設置されています。

その後、黄点滅信号が日本で初めて登場したのは東京・お茶の水交差点で1934年のこと。当時は「閃光式」と呼び、「交差点があるので注意徐行せよ」の意味でした。なので、現在の黄点滅信号のように「優先権はこちら。注意して走行すれば良い」という意味でもなく、現在の赤点滅信号のように「一時停止」の意味でもなく、一時停止不要の「徐行」というちょっと違う意味での運用でした。

更に赤点滅信号が日本で初めて登場したのは1942年の第二次大戦中のこと。この時の告示「交通整理の信号方法に関する件(改正)」で定められた意味は「一時停止」でもなく、何と「警戒警報発令中」の意味です。警戒警報とは、防空上の警報で早い話が「航空機ノ来襲ノ虞アリ」というもの。道路交通のための信号機ではなく、軍事上の意味で流用されたものでした。当時は警戒警報が発令されると警察官が直接各交差点まで出向いて手動で通常の信号サイクルと赤点滅を切り替えていましたが、1943年からは警視庁にて一括制御されるようになっています。このような運用は1945年の終戦で実質的に終了となりました。

そして、1947年「道路交通取締法」と「道路交通取締令」が制定された際に信号灯火の意味も定義されました。この時、従来は「徐行」を示した「黄点滅」と「警戒警報発令中」だった赤点滅の意味をどちらも廃止し、ほぼ現在と同じ意味に変更されました。

なお、この名称が「閃光式信号」から「点滅型信号機」に変わったのは、1960年のことです。

※画像は戦前の警視庁ポスター。「赤色閃光」「橙黄色閃光」がそれぞれ「赤点滅」「黄点滅」に相当します。なお、1947年までの信号機については全国でまだ統一されていなかったので、までのあくまでも警視庁管内のみの話となります。

bl-r329a.jpg

ちなみに、「道路標識及び信号に関する条約 (ウィーン条約)」では、赤点滅は「絶対停止(踏切・跳ね橋等)」、黄点滅は「通行しても良いが注意必要」を意味するものと規定しています。黄点滅でも、日本では青信号にやや近いですが、ウイーン条約上は「要注意」となり少し意味合いが違います。

準中型免許の既得権

2017年03月12日 22:38

今日免許更新手続きに行ってきたところ、本日3月12日はたまたま「準中型免許」の施行日でありました。
二輪や大特等を除いて「大型」「中型」「普通」の三区分だった免許種別が、今後「大型」「中型」「準中型」「普通」の四区分になるわけですね。

そしてもらったのが下の紙。

bl-r312.jpg

平成29年3月12日以前に「大型免許」と「普通免許」を両方取得していた方の場合、本日以降で免許の更新を行うと「準中型車は(5t)に限る」という条件が記載されるとのこと。そもそも大型免許を持っていれば、平成29年3月12日以前の「中型」「普通」を運転可能ですし、平成29年3月12日以降も「中型」「準中型」「普通」全て運転可能となるはずであり、わざわざ免許の条件を付すのも変な話です。

で、この紙の「お答えします」によれば、

大型免許を持っている方が、更新時に深視力で合格基準に達しなかった場合は、普通免許(新法の3.5トン)しか渡せなくなるのです。しかし、条件を残すことにより、将来、更新時に深視力で合格に達しないことになっても、普通免許の合格基準に達していれば、5トン限定の準中型免許を渡すことができるのです。既得権を保護するために条件を付与していると考えてください

とのこと。

下手な解説を加えさせていただくと、まず免許の区分は以下の通り変わります。
(中型免許の説明はここでは省略)
□H29/3/12以前
 普通免許→深視力検査は不要、運転できるのは総重量5tまで
 大型免許→深視力検査あり
□H29/3/12以降
 普通免許→深視力検査は不要、運転できるのは総重量3.5tまで
 準中型免許→深視力検査あり、運転できるのは総重量7.5tまで
 大型免許→深視力検査あり

なので、H29/3/12以前に普通免許を受けていた場合は「深視力検査は不要」「総重量5tまで運転可」となっていました。逆に言えば、H29/3/12以前に普通免許を受けていた方は「深視力検査不要で総重量5tまで運転可」という既得権を得ていたことになります。この既得権は上位免許である「大型」「中型」を取得した場合でもそのまま存続します。

そして、上のケースの方の場合は普通免許を受けた後で更に大型免許を受けていたのでH29/3/12以降の普通免許も準中型免許の範囲を含む車種を運転できるわけですが、もしも深視力検査をパスできない等の事態が発生した場合は大型免許が失効するとしても、H29/3/12までの普通免許の効力はそのまま残るんですね。よって、将来もしも深視力検査をパスできず大型免許が失効した場合は、「新視力検査は不要で総重量5tまで運転可」という状態は残り、この時になって「準中型(深視力検査不要、総重量5t限定)」という隠れた効力が現出することになります。
この免許の条件はそのことを意味しているんですね。

実際は、更に以前のH19改正前の「普通」(=現在は「中型」の限定)を受けている人がかなり多いと思いますが、こんなところにも制度改正の影響が出ているんだな~と感じた次第です。





最新記事