15周年コラム4:道路趣味の果て

2017年09月14日 22:11

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↑走行済み路線に赤線を引いて…

当サイトがメインに据えているのは国道調査です。そして、当方の一応の目標というのは「日本の一般国道の全線走破」です。
一般国道の路線数は2桁までの路線番号で58路線、3桁の路線番号は欠番を除けば401路線、計459路線が存在しまして、これを全線走破するというのはなかなか大変です。
(もちろん、国道界の大御所の方をはじめとして、既に完全走破された方もいらっしゃいます。)

今のところ、九州を除くと2桁までの国道であれば終わりが見えてきている感じです。一方、3桁の国道路線はそもそも一生のうち完走できるかどうか…というのが当方の実情でしょう。他に国道走行レポートや動画をUpされている方もいらっしゃいますが、当方はややペースがゆっくりかなと思います。

この辺り人それぞれだと思いますが、当方としてはこのまま自分の国道走破が終わらないでいてほしいような気もしています。自分が国道完全走破を終えたときには達成感も出てくるでしょうけど、同時に寂しさも覚えてしまうのかな…という思いもあります。物事というのは後から考えてみると何かに向かって動いていたときが一番楽しかったりすることも往々にしてあると思いますし、実際のところ北海道の国道走行を昨年全て完了してしまった際は達成感こそ感じましたが、同時に寂しさも覚えてしまったのは否めませんので…。

まぁ、自分が実際に国道完全走破できるかどうかもわからない中、このような心配をすること自体が無駄とも言えます(笑)。しかも、時間が経てば経つほど新しいルート・新しい路線ができまして、道路というものは刻々と変わっていきます。国道の完全走破を成し遂げたとしても、厳密には未走行の道路が果てなく生まれます。そういうところもまた道路の魅力と言えるのかもしれません。 

作者KAWASAKIは国道路線を全線走破できるのか、それとも全線走破の前に国道路線体系が変更されてしまっているか、はてまた作者KAWASAKIの寿命が先に尽きているか…。そして、果ての無い道路趣味というものにとりつかれた自分は幸せなのか不幸なのか。
本当にどうでもいいことを考えてしまいました(笑)。結局のところ、国道をより速いペースで巡られている方をうらやましく思いつつ(!)、自分もいつか国道を全部走破したい!と思っている16年目の秋でございます(爆)

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15周年コラム3:あまり親切でないこと

2017年09月10日 21:05

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↑かつて有名だった「北海道道路レポCountryRoad」様のページより

しばしば「レポートに地図を入れてほしい」という意見をいただきます。
毎回検討するんですが、結局は「地図は入れない」という結論に達します。
理由は色々とありまして、引用する著作権・許諾の問題が発生しうること、サイトの運営・管理の面で煩雑さが増してしまうことなどによります。当サイトの場合、地図を入れなかったのでサイトの保守がだいぶ楽になっている面もあります。

自分で言うのも何ですが、当サイトは閲覧者の方にあまり親切でないサイトであるとも言えます。その地点までどのようにして行けば良いのか詳細に説明していない、調査日以降の道路状況の変化については全く触れない、地図も載せていない…。対象を本当に道路へと絞っているので、ちょっととっつきづらいサイトになっているかもしれません。

実のところ、当サイトは完全に作者KAWASAKIの自己満足のために作られています。ある意味作者KAWASAKIがやりたいことをやって、それを反射的に閲覧していただくことでこのようなスタイルを好んでくれる方がいればそれで良いか~という考え方です。なので、閲覧者数を増やすとか、閲覧者の方の便宜を図るという考えはほとんどありません。(まぁ、こういうスタイルを支持してくださる方、閲覧いただける方が多ければ、作者KAWASAKIとしてもうれしいことに変わりないですけれど。(^o^)/)

恐れ多くもテレビ番組「世界の車窓から」も当サイトに似ているのかな…と思ったりします。
以前は地図も出さず、具体的なアクセスも全く説明しなかったように思いますが、地道に鉄道からの景色や名所を紹介していくのみ。そして番組としては内容を小出しにしていく感じです。気持ちいいツボにはまった「マンネリ」とも言えます。
(参考:世界の車窓から「ナレーターの石丸謙次郎さんに聞く~」 https://www.1101.com/kenjiro_ishimaru/2015-09-28.html)

結局のところあまり親切にならず、やりたいことをやらせてもらったためにサイトが15年も続いてきたということなのだと思います。不親切なサイトを閲覧いただいている皆様にはただただ感謝ばかり…。


※偉そうに「あまり親切ではないこと」などと上記のように書きましたが、サイトは多少不親切であっても人間としては親切でありたいと思っております(!)。なので、何かご意見がありましたら引き続き当サイトまでお寄せいただければ幸いです。

※地図というと、かつて有名だった道路サイト「北海道道路レポCountryRoad」様の地図が秀逸だったことを思い出します。レポートごとにきちんと地図を記載しておられて、当サイトとしてもかなり刺激された記憶がありますね。素晴らしいサイトだったので、新規の更新はされないにしても、既往のデータだけでも管理人様に再Upしてもらったら、古くからのファンの一人である当方としてもうれしいのですが…。(実は、当方でたまたま2010年時点の「北海道道路レポCountryRoad」様のデータは保存してあったりします。無断転載になりますが、管理人様どうぞお許しください。本当に素晴らしいサイトでしたから…。)

15周年コラム2:線と線

2017年09月07日 22:15

沢木耕太郎著『深夜特急』は、インドからロンドンまで乗り合いバスで大陸を横断したという紀行小説です。実際はインドに行く前の香港でのストップオーパーから始まっており、現在も根強い人気を誇っている紀行小説と思います。自分も初めてこのシリーズを手に取ってから二十年くらいたっていますが、何度も読み返してしまう稀有な書籍だったりします。

その『深夜特急』の後日談的エッセイとして『旅する力~深夜特急ノート』という書籍が出版されています。
個人的に気に入っている一節がありますので、ちょっと引用してみます。

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私がこの旅で得たものは「話のタネ」だけではなかった。
地続きでアジアからヨーロッパに向かったことで、地球の大きさを体感できるようになった。あるいは、こう言い換えても良い。ひとつの街からもうひとつの街まで、どのくらいで行くことができるかという距離感を手に入れることができた、と。行ってきたのは香港からロンドンまでだったが、体の中にできた距離計に訊ねれば、それ以外の地域でも、地図上の一点から他の一点までどのくらいの時間で行けるかわかるようになった。
(沢木耕太郎著『旅する力~深夜特急ノート』の「旅で手に入れたものもあれば、失ったものもある」より)



当サイトがやっていることは沢木耕太郎氏にはとても及びませんが、この点は当方としても大いに共感するところです。何だかんだ言って、当方は九州以外の2桁国道と高速道路は走行できつつある感じであり、これによっておおまかな距離感・時間感覚が体得されております。たとえば、静岡にいた頃は「下関」というと「だいたい半日掛ければ到着できるな」、「新潟」ならば「高速道路ならば7時間、下道ならば9時間で行ける」、札幌ならば「新潟まで行ってそこからフェリーを使うか、国道7号→国道5号と走り継いで…」という感じで、大まかな距離感と時間感覚がすぐにわかります。そして、これらは各都市を実走したうえでの得られたものなので、おそらく飛行機や新幹線を使った場合に比べればより実感をもった数値として自身に残っています。
(それでも自転車や徒歩で全国を巡っている方、長距離の運転を業とされている方にはとてもかなわないと自覚しております。)

この距離感・時間感覚というのは、今でこそカーナビや経路算出サイトなどが存在しますが、そんな現代であっても、「体得できている」というのは自身にとってある意味一つの糧になっているような気がしております。全国の道路を走ることで費やしたものというと、燃料代・高速道路通行料・メシ代・車の修理費、更には膨大な時間…という感じでコストばかりが積み重なってきているんですけど、上記の点だけは「道路を走り回ることで得られたこと」と言って差し支えない数少ない事柄の一つと思っております。


一方で、沢木耕太郎氏の『深夜特急』との違いは「あくまでも線と線でしかない」という点です。
『深夜特急』の場合、特にアジアでは行く先々で現地の人が向こうからやって来て「旅」というものに漬からされてしまいます。更には沢木耕太郎氏自身もまた現地に入っていく人間であり、そこから様々な物語が生まれていきます。ある意味、現地で「面」をなす旅と言えます。対して当サイトの場合は、道路のみをとりあげ、それ以上の深みは生まれません。いわば面ではなく線であるだけです。

線が良いのか、面が良いのかというのは一概に言える話ではありませんが、少なくとも「線は面でない」ということは確実です。おそらく今後も「線」のままで、「面」になることはないだろうとも思います。「あくまでも当サイトは線でしかない」ということを自覚しつつ、今後とも同じようなスタイルでやっていくのだろうと考えています。

15周年コラム1:「ふるさと」

2017年09月04日 22:20

サイト開設以来15年、道路に魅せられ、道路を走り続けてきました。
なぜ、かくも道路というものに魅了されたのか、ここまでマニアックなことをやっているのか…と自分でも不思議に思うことが多々あります。
考えたところで思索は毎回曖昧模糊なもので終わるのですが、最近になって思うようになってきたのは作者KAWASAKI自身が「故郷の新潟に向かって線を引きたがる」という傾向です。

高校卒業後に故郷となる新潟を出て、以来大学や就職・転勤で日本各地を回っております。赴任地も色々で、今は札幌在住。しかしながら、今となって振り返ってみれば、どこにあってもまず線を引こうとするのは新潟に向かってでした。
横浜に居たときは国道15号と国道17号、秋田であれば国道7号、静岡であれば国道52号・国道20号・国道19号・国道117号を真っ先に走っているんですね。いずれも、横浜であれば国道15号→国道17号と走れば新潟に着きますし、秋田からであれば国道7号→国道8号、静岡からであれば、国道52号→国道20号→国道19号→国道18号→国道117号と走れば新潟に至ります。ある意味「この道を行けば、故郷に至る」ということを確認して、自分の立ち位置を確認しようとする意思が働いていたのではないか。…今となってはそんな気がしております。




少し脱線させていただきますと、詩歌で謳われる故郷というものは日本人にとって「目的を達するまで帰らないもの」という風潮が強いように思います。
一例として以下の3つを引用してみます。

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて 異土の乞食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや
(室生犀星「小景異情(その二)」より


こころざしを はたして
いつのひにか かえらん
やまはあおき ふるさと
みずはきよき ふるさと
(高野辰之 作詞 文部省唱歌「ふるさと」(抄))


カントリー・ロード
この道 故郷へつづいても
僕は 行かないさ
行けない カントリー・ロード
カントリー・ロード
明日は いつもの僕さ
帰りたい 帰れない
さよなら カントリー・ロード
(B.Danoff・T.Nivert・J.Denver・鈴木麻実子・宮崎駿 作詞 「カントリー・ロード」(抄))



※室生犀星の詩の場合は故郷に戻っている時期に作詩されたという背景もありますが、詩を素直に読むと一義的には「ふるさとは遠きにありて思うもの」「~帰るところにあるまじや」と言っています。
※文部省唱歌「ふるさと」は「成功するまで帰らない」と言うことになります。
※「カントリーロード」については映画「耳をすませば」で出てくる歌詞ですが、元々の「CountryRoad」における原詞とはだいぶ意味合いが異なるというのが当方なりの解釈です。

これらから考える日本人の「故郷」観は作者KAWASAKI的に以下の通りです。
日本人の心の奥深くには「故郷には戻りたいけれど、易々と戻るべきところではない」という意識が存在している、しかしながら一方で「故郷とは何らかの形でつながっていることを確認したい」という気持ちも併存しているのではないかと…と。

故郷でそのまま暮らす人、故郷から離れる人、人生は様々。
ただ、いずれの人であっても故郷から離れれば離れるほど「道がつながっている」ということ自体が己の立ち位置を確認して安心感を得る重要な要素となるのではないでしょうか。考え方は色々ですが、もし当サイトのレポートによって「道がつながっている」ことを感じて喜んで下さる方が一人でもおられれば、当サイトの存在意義が一つ見出せているのかもしれません。

2017/09 今月の画像(城が鼻トンネル)

2017年09月03日 21:19

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新潟県道45号佐渡一周線の城が鼻トンネルと海岸線。
消波ブロックでゴツゴツしているためかトンネル自体も粗野に感じを受けるような気がしますが、城が鼻トンネル自体は割と新しく広いトンネルとなっています。

[KAWASAKI-EL5XXX]


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